中世・近代の結婚

キリスト教と結婚の関係

現在の原型に近い形へ

古代の結婚式は宗教というよりは、絶対的支配者という存在の指示によって全てが決められていた時代と言ったほうが正しいのかもしれない。実際、そうした横暴に耐えられなかった人も文献にこそ残されていないが、存在していたはずだ。ただ群れを率いる長の命令は順守しなければならない、社会という枠を出て生きられるような安寧とした時代ではなかったこともあり、不平不満を漏らせば自らの首を絞めることになる。

ただそうした時代ばかりではなく、相手こそ伝統に乗っ取って決められた人間と婚姻関係を結ばなければならなかったが、離婚するにしても、再婚するにしても気軽にできるものだったという。こういうところはいくらキリスト教発祥の地となる場所であっても寛容的だった頃があったようだ。今ではまず考えられないところだが、その後そうした離別についてよくはないと考える人が出始め、さらにそうした思想を共有することで多くの人々により、宗教という枠の中で理想とされている結婚をすることが望まれた。ただ1つ言えるのが、一度結ばれた以上はその後離れることは出来ないため覚悟を決めなければならなかった。

その後キリスト教という思想の中で考えられる結婚というものが、より現代で言われているような形式が誕生していく。

結婚しようそうしよう

中世頃の結婚

一番の変化として14世紀に行われていた結婚についてだ。この頃には今に繋がる互いの家同士が婚姻に同意することで式が執り行われ、誓いのの証として指輪を交換することで夫婦となることを確認されていた。キスについては現代ならではの特徴といえる、そもそも不埒な行為を認めていないキリスト教としてはおおっぴらげに男女間の仲を進展させるようなものはなかった。

こうした式が誕生したのには宗教的なものもあるが、大部分のところで社会という仕組みの中でも必要とされたからだ。婚姻について執り行うにはこの頃から教会が許可しなければ出来ないように仕組みが整えられていき、教会で司祭立ち会いのもとで行わなくてはならなかった。これにはキリスト教というものを宗教的権威として高めるという目的もあるが、これまであらゆる意味で自由に行われてきたため、統一しなければならないという意図も含まれている。教会がそうした婚姻に関して管理することにより、人々の信仰対象として、また結婚をするためには教会を訪れなければいけないという考えが根付いていった。こういった背景を考えると中世に入った頃は少しばかり結婚事情も乱れていたのかもしれない。

近代もかなり異色な時代だった

だが中世の頃はまだ互いの合意をもってし婚姻関係を取り結ぶことは出来たが、これが近代になると宗教的な出来事のように扱われるようになってしまい、古代における父系集団的な考えで行われていた。教会を中心とはしていたが、その当時は教会は国家権力そのものとなっていたため、国が国民全ての婚姻を管理することとなっていた。そうなってくるとやはり自由というものから遠ざかった婚姻を結ばなければならなくなるなど、女性たちにとっても苦しい時代だったといえる。

こうした考えが改められるようになるのは意外なことに、アメリカの独立宣言がなされた頃まで遡る。当時、アメリカでは結婚とは民事であると言われていた。また直接的な影響になったかどうかは分からないが、ヨーロッパ地方でも結婚を民事にするべきであると決められるようになっった時期は、誰もが知っているフランス革命前後だと言われている。かくしも教会が結婚を指揮する体制にも疑問が持たれ、やがて国は関与しないよう力が分離されたこともこうした部分の影響は少なからず発生しているのかもしれない。

式挙げる派ですか挙げない派ですか

プロテスタントの台頭

ここまでの流れは主にカトリックとなっているが、一方でプロテスタントの場合はどうなったかについて話していこう。プロテスタントもまた16世紀以前は教会という力を通して国が婚姻を管理する体制だったことも関係しているが、プロテスタントの特徴としては結婚式を秘密裏に行ってはいけないというルールが取り決められていた。

その後16世紀になった頃にはプロテスタントも婚姻を民事的な契約として認めるべきだという社会的雰囲気に逆らえなくなり、イギリスにおいては民事婚条例が制定されるなどの試みがなされるようになっていった。今でもキリスト教式の結婚式でも知っておかなければならないことは沢山あるが、近代以前のキリスト教式の結婚式と比べると守らなくてはならない事は少ないのでまだいい方といえてしまうのがシュールだ。

式場決めましたか?